労働時間が長く、訴訟リスクが高い産科は慢性的な医師不足の状態にあります

訴訟リスクを乗り越えられる?

新たな生命の誕生の瞬間に立ち会うことができるのが産科医の最大の喜びですが、現実は1ヶ月の平均労働時間は61時間(法定労働時間の40時間を大幅超過)、訴訟リスクが他の診療科の約3倍と過酷な労働環境を強いられています。

さらに帝王切開中に母親が死亡した件で担当医が業務上過失致死罪で訴えたられた「福島県立大野大病院事件(無罪が確定)」などの影響もあり、産科を目指す医師は少ないのが現状で、産科を休止する医療機関が後を絶ちません。

厚生労働省は訴訟リスク対策として、過失の有無に関係なく、補償金が支払われる「無過失補償制度」を導入しましたが、重度脳性麻痺の一部にのみが適用となっているため、導入時に期待された効果があるかどうかは大きな疑問です。

本来、妊婦と接する特性上、女性医師に適した診療科といえますが、結婚・出産後は家庭と仕事の両立が難しいという問題があります。そのため、出産後は外来で婦人科や不妊治療科(リプロダクション科)だけを担当し、そのまま産科に戻らない女性医師も少なくありません。

このような理由から産科への転科を希望する医師はほとんどいないのが現状です。逆に産科で疲弊し、内科や精神・神経科、麻酔科などに転科するケースが目立ちます。ただし、上記のように、出産して子供が小さい間は婦人科や不妊治療科で働き、育児が一段落したら、再び産科に戻って働きたいというケースは見受けられます

産科に向いているのは、新しい命の誕生に携わることで、他の科では経験できない感動ややりがいを見出せる人です。女性の晩婚化&出産率の低下で、自分の周りに出産経験のある女性が少ない妊婦が多いため、出産に対する不安な気持ちをいかに和らげるか、親身に接するコミュニケーション能力が必須となります。

全国的に慢性的な産科医不足が続いていますので、求人は圧倒的に売り手市場となっています。ただし、給与にひかれて地方の病院を選んで、激務に耐え切れなくなり短期間で燃え尽きてしまうケースも少なくないので、医療機関を選ぶ際には、周産期ネットワークの有無をはじめ、夜間の呼出頻度、当直状況、女性胃の働きやすい環境が構築されているかなどを念入りに下調べすることが大切です。

無過失補償制度の導入で若手医師の産科離れを防げるか

長期間の裁判を避けられるか?

数ある診療科のなかでも産科は、内科と比べて訴訟リスクが約4倍となっています。通常の過酷な勤務環境にくわえて、訴訟リスクが大きいため、産科を志す若手医師が減少する原因ともなっています。

さらに、産科医の立場からすれば、通常の診療行為を行ったにも関わらず、「帝王切開中の処置が原因で母親が死亡した」と担当医が逮捕(2008年の無罪判決を受け復職)された「福島県立大野大病院事件」は、その流れに拍車をかけることになりました。

そんななか、医師と妊婦双方の負担を軽減するために2009年1月からスタートしたのが、出産時のトラブルで赤ちゃんに重度の脳性まひ、死亡した場合、総額3000万円を支払う「産科医療補償制度」です。条件に該当すれば、医療側の過失の有無に関係なく、補償金が支払われるしくみで、日本の医療では初となる「無過失補償制度」となっています。

公的な制度ですが、新しい法律はなく、大手損害保険会社(6社)が共同運営する民間保険です。登録した妊婦の出産を対象としていますが、実際に保険に加入するのは分娩施設(病院、診療所、助産所)で、その責任をカバーするという形をとっており、2011年現在ではほとんどの施設が加入しています。掛け金の収集、認定審査などは、厚生労働省や日本医師会などが出資する「日本医療機能評価機構」が担当します。

原因を調査するのも同制度の特徴です。医療機能評価機構の設ける「原因分析委員会」が調査結果を産婦側と医療側に伝えて概要を公表し、「再発防止委員会」が集まった事例の分析を公開します。

過失の有無の判断までは踏み込みませんが、重大な過失が明らかな場合は「調整委員会」で検討して医療側に負担を求めることになります。厚生労働省では、年間2300〜2400人生まれる脳性まひの子供のうち、500〜800人が補償対象になると想定しています。

最大の問題は、補償の範囲が狭いことです。出産時の事故であっても、母親の死亡・生涯、赤ちゃんの死亡、脳性まひ以外は対象になりません。脳性まひでも、軽度の場合、妊娠27週までの早産、先天性の要因や生後の感染症などが原因の場合、子供が生後6ヶ月未満でなくなった場合は除外されます。

一方、合計3000万円では足りないとして親が医療機関に追加の賠償請求をすることも可能です。こうしたことから、訴訟はそれほど減少しないだろうという見方もありますが、各事例の原因分析を元に、教訓が再発防止に活かされれば、それは意味のある制度になるはずです。